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05/31/2014

カモの親子は

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20140530_161434 日差しはもう夏。5月始めに生まれたカモの雛はどうしたかと今井川に行ってみた。やはり、ずいぶん大きくなっているが、まだ生まれて間もない雛もいた。保土ヶ谷橋から、旧保土ヶ谷宿のはずれ辺りにかけて、何組ものカモの親子を見ることができた。

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05/30/2014

ドクダミの花

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 あちこちでドクダミの花が咲いている。茎を折ったり、葉をちぎったりしたときの匂いは嫌だが、花が集まって咲いているのはなかなかきれいだ。ご近所の生け垣では、斑入りというかカラフルなドクダミが顔を出していた。カラフルだと毒があるのかという感じもするが、元々名前は毒を矯(た)める=毒を抑えるということから来ているものらしい。漢方薬では「十薬」といわれて利用範囲の広い薬らしい。動脈硬化の予防作用もあるのだそうだ。20140527_144146 此の斑入りのドクダミは園芸用の栽培品種で、「カメレオン」という名前があるものらしい。


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05/29/2014

紫陽花の季節に

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 近くの生垣の紫陽花がいつの間にか色づいてきた。今年の梅雨は全国的に遅めで、長引きそうだと言われている。その分、紫陽花も長く楽しめるのだろうか。このところ天気は不安定で、日が出ると夏の蒸し暑さになる。曇ると冷たい風が吹いたり、いつ雨が降っても不思議ではない感じになる。梅雨の走りのころってこんな感じだったろうか?

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05/28/2014

明月院で

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 ほぼ40年ぶりぐらいの感じで明月院を訪ねた。古くは明月庵といわれ、平治の乱で戦死した此の地の住人首藤刑部大輔俊道供養のため1160年に創建されたと書かれている。後に北条時頼が此の地に最明寺を建立し、明月院はその支院だったようだ。現在、境内最明寺旧跡道の奥に北条時頼墓所もある。現存しているのは、支院だった明月院だけということのようだ。
 方丈の一角に開かれた障子の向こうに見える円窓が明月院命名の由縁なのだろうか。いろいろなところに、名月につきもののウサギの像がある。境内を流れる小川の橋上には、欄干にもたれるウサギがおり、その隣には亀の姿もあった。
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 今はアジサイで有名な観光地でもあるが、まだアジサイには早いようだ。20140527_155309 信仰の道場として、人の生き方の導きの場としての設え、導師の心遣いが至る所に感じられる。


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05/27/2014

カエルの子



カエルの子と言ってもオタマジャクシではない。背中の長さ5ミリくらいで、ちゃんとカエルの形をしている。

母がお世話になっていたグループホームの会議に行ったら、玄関に水を張った鉢が置いてあり、ザルをかぶせてあったが、そこに居たのだ。食用ガエルの卵からかえったものだそうだが、それにしては小さ過ぎると思った。果たしてどうなのだろう。

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05/26/2014

遊水池のアオサギ

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 環状2号線平戸立体下には、平戸永谷川に沿って広い遊水池が広がっている。水辺に暮らす野鳥の観察ができるので人気の場所でもある。そんな見物人を避けてか、平戸永谷川ではなくて、遊水池の水たまりにアオサギが佇んでいた。

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05/24/2014

白鷺と川面の白い花

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 国道1号線東戸塚駅入り口付近の川上川。この辺り川幅は4~5㍍の小さな川だが、急な増水に備えるためか護岸はかなり深い。そんなところで、ヒッソリと白鷺が渉猟していた。川床に斜めに差し込む光が不思議な世界を生み出している。
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05/23/2014

扇田橋-石崎川

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20140520_164353 国道1号線とJR、相鉄線など鉄道に挟まれ他、ちょっと裏通りの雰囲気がある石崎川。静かな街並みながら、川と周辺の人びととの結びつきがひしひしと感じられるような風景が続く場所だ。その石崎川の中心に近い扇田橋は、昭和3年の竣工。関東大震災では大きな被害を受け、架け替えられた橋のようだ。今は、浅間町から西区役所方面へ抜ける陸橋が上を通り、静かな上に、ほの暗い印象だが、それだけに、横浜復興の歴史を静かに伝える印象がひしひしと伝わってくる。


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05/22/2014

岩上の鵜ー柏尾川

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 夕方、鵜が1羽岩の上に上がって辺りを見回していた。流れの中には大きな鯉があちこち泳ぎ回っている。今日の狩猟はもう終わりか?それとも、鯉に小魚を追い散らされて、一休みせざるを得なかったか?ともあれ、岩上の姿は威風堂々としている。

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05/21/2014

引き潮-石崎川で

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 汽水域の河川は潮の満ち干でずいぶん様相が変わる。帷子川から分かれ、又帷子川と合流して橫浜港に流れ込む石崎川で、大きな引き潮の時の光景は、どこか美術作品を思わせるものがあった。

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05/20/2014

アオサギ-柏尾川

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 旧戸塚宿の入り口に当たる大橋のちょっと上流は、割とゆったりとした流れで、岸辺の緑も美しい。桜の季節にはお花見にも良い場所だ。そんな緑に包まれて、アオサギが1羽佇んでいた。飛び立つ姿をコンデジで追うのはちょっと大変だが、辛うじて1枚それらしい写真が撮れたのはラッキーだった。

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05/19/2014

カモの子育て

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 昨日のブログでは、iPod touchで撮って、そのままアップした。やはり、それなりのアプリを入れないと望遠は難しい。それはともかく、ヒナが8羽もいると、大概集団から離れてしまうヒナがいる。やはり母親ともなると、そんなはぐれがちな子ども中心にケアするようだ。この時機のヒナは。茶色の背中に四つ白っぽい斑点がある程度の模様で、如何にも赤ちゃんという感じがする。

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 ずっと下流の方に、もう一組の親子がいた。写真を撮っているときには気がつかなかったのだが、こちらは親子ともお昼寝中だった。

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05/18/2014

子鴨の季節





お仙人様近くの今井川。例年通り鴨の子育てが始まっている。8羽の雛が、もう母親をかなり離れて、活発に動き回っていた。鴨は、母鳥だけが子育てをする例が多いようだが、周辺に居る雄たちも、それとなく親子を見守っているようだ。川辺にいる人たちは、カラスが雛を狙っているから目が離せないと言っていた。

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05/17/2014

高島山トンネル



東横フラワー緑道の一部となっている高島山トンネル。昔、東横線高架の出口だっただけに、とても大きい感じがする。上部の草木の緑がとても眩しい。

午前6時〜午後9時30分に通行可能で、公園としてランニングを楽しむ人もいる。広い内部に影絵のように浮かぶ人の姿が面白い。

トンネルの上へ上がって行く道の先には、高島嘉右衛門所縁の高島山公園がある。

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05/16/2014

墓標に赤いバラ





5月の英連邦軍墓地。緑の芝生に浮かぶ墓標にはいろいろの花が咲いている。この季節、バラの花が、平和を願う灯火のように、赤く輝いている。

英連邦の邦ごとに花は異なっても、深い祈りは変わらない。

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05/15/2014

清水ヶ丘公園-5月の緑

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 清水ヶ丘の名称の由来は、調べてみたがまだ分からない。中央の自由広場には、清水の流れをモチーフにした石の渓流が設置されている。広々とした草原が心地よい。この公園の下を西谷浄水場からの水を南区磯子区方面に給水する水道管が通り、水道管の上に大原隧道が作られている。隧道の竣工は昭和3年、関東大震災復興事業の一環だが、果たして清水ヶ丘の名称とは関係があるのかないのか、どちらだろう?

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05/14/2014

公園のツバメ

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20140513_152532 雨上がりの公園の砂地は巣作りに最適なのだろう。2羽のツバメが公園の水たまりにやって来て、しきりと土を取っていた。大谷公園は、丘の住宅と坂道に囲まれ、すり鉢の底にあるような場所だが、よく手入れされた花壇と広場の明るい公園だ。

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05/13/2014

御台所の井戸ーシラン



別名政子の井戸。昔、北条政子がここで休憩してお茶を飲んだとか、化粧を直したとか言われている。保土ヶ谷の岩井町から清風高校へ上がって行く道の途中にある。
今ちょうどシランが咲いていた。シランの背後に紫陽花がある。梅雨時もまた楽しめるのかも知れない。

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萩原君碑

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 住宅地の小径の一角に「萩原君碑はこちらです ←」と方向を記した札が下がっている。これだけでは何のことか分かるはずもない。矢印方向の里山入り口といった感じの所に、「剣道師範萩原君碑」がある。碑文には萩原行篤という人の業績、剣道師範としてのすばらしさなどが書いてあるのだが、かなり読みにくいので、代官屋敷門の脇にある史跡銘板から要点を抜粋しておきます。
 「萩原家は代々旗本杉浦氏の代官職としてこの地に屋敷を構えた。幕末から明治にかけての当主太郎行篤は嘉永4年(1851)直心影流の免許皆伝を得、ここに道場を開いた。
 道場には数多くの剣客が訪れ、萩原家所蔵の「剣客名」には、「安政5年(1858)8月 天然理心流 近藤勇」の名が記され、慶応2年(1866)までの入門者の総計が225名に達した。
 明治45年(1912)には萩原家敷地内に「剣道師範萩原君碑」が建立されている。」
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 新緑に包まれていると記念碑も分かり難いので、平成25年1月に撮った写真を付けておきました。

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05/12/2014

萩原道場跡のツツジ





境木立場西側、焼餅坂に平行する谷戸の奥に萩原代官屋敷跡がある。今もどっしりとした門構えが残り、塀際にツツジや小さなピンクの花木(カルミア)が続いて、風情がある。ここの道場には、新撰組近藤勇が若い頃に稽古に来ていたそうだ。


門から50mほど西に行った雑木林の中に萩原君碑がある。

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05/11/2014

ご近所の芍薬



生垣越しに白い芍薬が見える。山に見立てた石との対比で、如何にも楚々とした感じかえもいわれない。

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05/10/2014

バラの季節に-山手公園

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 1870年(明治3年)に日本初の西洋式庭園として開かれた山手公園で、翌1871年(明治4年)にはフラワーショーが開催されたそうだ。此のフラワーショーに、英国人カール・クライマー氏が山手63番で栽培したバラを初めて出品し、これが横浜とバラの関わりの始めらしい。かつては花屋敷とも呼ばれ、バラの花も多かったのかも知れないが、現在、園内を散策して見かけるバラの数は少ない。まず思い浮かぶのは、白い東屋の西側にある花壇のバラだと思う。他にはあまり見かけない。

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05/09/2014

楠町公園で





帷子川分水路地下トンネル出口の上にある楠町公園。一番奥のところには、不思議な円形の小道がある。突き当たりのフェンスにはバラが花を付けていた。

高速道路とビル群、そして水路に囲まれた、ちょっとした異空間。疲れを癒やすのに持ってこいの場所かも知れない。

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05/08/2014

高速道路の下で



帷子川分水路の上を高速道路三ツ沢線が走り、わずかな隙間から差し込む光に、川面がエメラルドに光っている。あまり生物の姿は見られないと思ったのだが、1羽の鵜が悠々と泳いでいた。

帷子川分水路は旭区上白根一丁目から地下トンネルを流れ、西区楠町で地表に出る。トンネル出口の上は、高速横浜駅西口ランプと楠町公園になっている。

護岸の上に階段ハシゴの取っ手があり、「このハシゴが10人の命を救った」と人との関わりを訴えていた。

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05/07/2014

平戸永谷川の夕方散歩

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20140504_172357 環状2号道路平戸立体下から赤関橋にかけて、気持ちの良い散歩道になっている。今頃の夕方は、ツツジや道端の花壇の花も色とりどりで楽しい。ふと振り返ってみたら、夕日を受けてサクランボが輝いていた。


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05/06/2014

また3月の寒さに



夜明け前に18℃だった気温が、どんどん下がり、昼過ぎには13℃まで下がったようだ。3月初旬に逆戻りというところか?でも草花の生育状況は良い。クレマチスのツルは急速に伸びるし、花も大輪が多くなってきた。空模様と相談しながら、手入れに追われる季節だ。

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子ども植物園バラ展

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20140505_155158 子ども植物園中央のバラ園はまだこれからの感じだが、研修室ではバラ展をやっている。研修室中央に、「はまみらい」など代表的な新品種の切り花を展示し、周囲のパネルにはリースやポプリなど身近な生活での楽しみ方の解説や育て方、バラと横浜市の関わりの歴史展示など、子ども植物園ならではの構成になっている。
20140505_153317 子どもの日5日は、正門や、池の前広場で鯉のぼりが迎えてくれていたのだが、午後からちょっと時雨れしまい、残念だった。

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05/05/2014

紅葉の種子

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 我が家の紅葉は新芽が赤いタイプだ。もう花が終わって、種子が飛び立つ準備ができている。種子の羽根も赤くて、朝の日差しを浴びると美しく輝いて見える。正に新品の赤いプロペラだ。

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05/04/2014

若宮大路幕府旧蹟

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 細い通りの三叉路角に「若宮大路幕府旧蹟」の碑が建っている。碑文に依れば二代目の幕府所在地のようだが、一時期他所に移転したものの、新田義貞が侵入するまで最も長く幕府が置かれていた場所とされている。碑文は大正七年のもので文語体で書かれているのでちょっと読みやすくして紹介しておきます。
「若宮大路幕府旧蹟
 鎌倉の幕府は始め大蔵に在りしが、嘉禄元年政子の薨ずると共に将軍藤原頼経之を宇津宮辻に遷し、後十一年にして嘉禎二年再び此の地に遷す。爾来九十八年頼経以後六代の将軍相継ぎて政を此に聴けり。元弘三年新田義貞の鎌倉に乱入するに及びて廃絶せり。」

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20140501_162325 黒板塀を辿って左に行けば、大佛次郎所縁の旧野尻邸入り口になる。中を覗いてみると茅葺き屋根の建物で、庭も文豪の住まいらしく落ち着いた雰囲気に設えられている。大佛茶廊は土曜、日曜、祝日のみの営業とのことだ。


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05/03/2014

白孔雀-野毛山動物園

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20140502_154612 間もなく子どもの日。野毛山動物園はいろいろリニューアル中で、爬虫類館とか充実してきているが、人気のライオンや虎は6月から展示再開のようだ。代わりに注目を集めているのが白孔雀。メスは園内を自由に歩き回っているが、オスは所定の場所で、結構愛想良く羽根を広げて見せてくれていた。
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 レッサーパンダも相変わらず人気者で、こちらも手慣れた雰囲気で愛嬌を振りまいていた。自分が子どもの頃には、野毛山動物園しかなかった。昔懐かしい、街中の動物園が復活してきているようで嬉しかった。


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05/02/2014

華頂宮邸で

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20140501_152904 浄妙寺のバス停から報国寺の方へ入って、谷戸の奥の方へ進むと、華頂宮邸に突き当たる感じになる。道は宮邸の脇を更に奥まで行けるが、行き止まりになっている。
 報国寺は参観者が多く賑やかだが、華頂宮邸はぐっと静かだ。フランス式庭園にはバラやアジサイの植栽が多く、時季によっては参観者も増えるのだろうが、バラの蕾もまだ膨らんでいない。自分を含めて、参観者はまばらだ。庭園の奥には和風の建物、庭園もあるのだが、こちらは公開されていない。脇の山は、借景としても見事なものだが、その中腹から上に巡礼古道が通っており、衣張山に抜けることができる。ただし、この道はかなり厳しい。


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05/01/2014

境木の大欅

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 昔、境木と呼ばれた巨木そのものではないかも知れないが、境木地蔵尊境内の、この写真で正面に見える大木の根元に「境木大欅」と書いた石柱が立てられている。
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 境木地蔵尊の並びにある若林家は、境木の立場最大の立場茶屋だったそうです。最近改修されたようだが、昔の面影を留める門構えなどを残していただいているようです。「東海道五十三次『名所・旧跡』説明文紹介」というWebページhttp://www.d3.dion.ne.jp/~nagai_m/waki/top.htmlに境木の立場紹介文が取り上げられていたので、下に引用しておきます。
 「宿場と宿場の間に、馬子や人足の休息のためなどに設けられたのが立場です。中でもここ、境木の立場は権太坂、焼餅坂、品濃坂と難所が続くなか、見晴らしの良い高台で西に富士、東に江戸湾を望む景観がすばらしく、旅人が必ず足をとめる名所でした。また、茶屋で出す「牡丹餅」は境木立場の名物として広く知られており、たいへん賑わったという事です。「保土ヶ谷区郷土史(昭和13年刊)」によると、こうした境木の立場茶屋のなかでも特に若林家には明治中期まで黒塗りの馬乗門や本陣さながらの構えの建物があったとされ、参勤交代の大名までもが利用していたと伝えられています。平成16年3月 保土ヶ谷区役所」

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